エネルギー・環境

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2014/07/10

【サントリー天然水の森シリーズ】第2章 水が存在し続けるメカニズム

地下水流動の把握と流域の水循環の解明

筑波大学生命環境系教授
理学博士
辻村 真貴 氏
1965年(昭和40年)東京都生まれ。
1993年3月 筑波大学大学院博士課程地球科学研究科 単位取得退学。
筑波大学地球科学系(環境科学研究科)準研究員(文部技官)、愛知教育大学教育学部助手、アメリカ合衆国地質調査所水質部門客員研究員(文部科学省短期在外研究員)、内閣府 政策統括官(科学技術政策・イノベーション担当)付 政策調査員(併任)、筑波大学生命環境系准教授などを経て、2012年4月より現職。

地下水は地表を流れる河川とは異なる姿で存在する

 地下水涵養や水循環のメカニズムを把握する前に、そもそも地下水とは何だろうか。漠然と地中を流れる水をイメージしがちだが、それは地下トンネルを水が流れていたり(そのような場合もあるが)、地下プールに水が溜まっている状態とは異なる。
 地下水は広義には地下水面(浅井戸の水面)より深部にある水の総称であるが、正確には土壌や地層の隙間を完全に水が満たしている飽和状態にあり、かつ水圧が大気圧よりも高い状態にある地中の水を、地下水という。そしてこの地下水が存在しゆっくりと流動している地層を「帯水層」という。ちなみに地下水面より浅い部分では水の圧力状態は大気圧よりも低く、土壌の隙間には空気と水が混在しており、これを土壌水という。
 土壌に穴を掘っていくと、ある深度で水面が現れる。この深度では、地中の水圧が大気圧と等しく、これを地下水面、または不圧地下水面と呼ぶ。そして、不圧地下水が流動している地層を「不圧帯水層」という。この不圧帯水層の下には、水が浸透しにくい粘土などの層が存在する場合がある。これをそ「不透水層」といい、この層より下に存在する地下水(帯水層)を「被圧地下水」(被圧帯水層)という。
 被圧帯水層は、幾重にも存在する場合がある。その場合は、浅い方から順に「第1帯水層」「第2帯水層」などと呼ぶ。
 一般に不圧地下水は、地表面上における環境変動の影響を受けやすい。例えば、不圧地下水の水位は被圧地下水のそれに比較し、降水や渇水の影響を受け、より大きく変動する傾向がある。また、農地では、使われた農薬などの成分が不圧地下水に影響を与える場合もある。一方で被圧地下水においては、涵養域が比較的降水量の多い山地にある場合が多く、また、不透水層により汚染物質が混入しにくい状況にあるため、不圧地下水と比較して、量的、質的に安定しているということができる。このため、良質の地下水の大量確保を目的に、被圧地下水が利用される傾向がある。

「水の履歴書」で地下水の流れの速さを調べる

 地層の隙間を満たす水である地下水は、通常、河川のような姿で存在しているわけではない。しかし地下水も河川と同様に流れている。ただしその流れは、河川が毎秒数センチから数十センチ、1メートルなどといった単位なのに対して、地下水の場合、一般に河川の100分の1以下と長い時間をかけて地中をゆっくりと流れている。この地下水の流れのスピードを知ることは、地下水の基本的な特徴を理解することであり、それは地下水を利用する上でも有益な情報を提供してくれるという。
 筑波大学教授の辻村氏は「地下水が流れるスピードがわかれば、地下水が入れ替わるのに必要な時間が推定できます。その時間がわかれば、ある地域の地下水をどのくらいの時間をかけ、どの程度の量まで利用できるかという計画を立てることができるのです」と説明する。
 そして地下水の流速の推定に必要なのが、「水の履歴書」なのだという。辻村氏は「地下水の出身地に相当する涵養地域、経歴となる流動経路、そして年齢つまり時間(専門的には滞留時間という)の3つの要素を知ることで、地下水の性格(水質)や身長・体重(貯留量)を推定することができ、地下水涵養や水循環のメカニズムの解明につながるのです」と説明する。

トレーサーを用いた地下水の滞留時間(水齢)の推定方法

 では水の出身地や経歴、年齢といった履歴は、どのように知ることができるのだろうか。例えばまったく同じ形の2つのコップに、それぞれ異なる場所の地下水をいれて置いてみる。色や臭い、味で水の違いを判断することは困難だ。ましてや涵養地域や流動経路、時間を知ることなど不可能である。
 しかし一見、同じ水に見えても、水に含まれるトレーサーと呼ばれる“追跡子”を調べることによって、さまざまな水の履歴が推定できるのだ。トレーサーに用いられる物質はいくつかあるが、水の分子を構成する酸素や水素の同位体が使われることが多い。これらは、保存性が高いとともに水とともに循環するからである。酸素の安定同位体である「18O」や水素の放射性同位体であるトリチウム「3H」が代表的である。
 核実験が盛んに行われていた1950年代から60年代にかけての時代、大気中にはトリチウムが放出されており、その濃度は1960年代初頭にピークを示した後、減衰した。大気中の水蒸気が降水となって地中に浸透、涵養されて地下水となるため、地下水に含まれるトリチウム濃度を計測し、降水中におけるのトリチウム濃度の過去の変動記録と対比すれば、地下水の年齢(水齢)が推定できるという仕組みだ。
 一方、最近では、温暖化ガスのフロンや、代替フロンと呼ばれる6フッ化硫黄(SF6)が、湧水や地下水の年齢を推定するトレーサーとして使われている。大気中のフロン濃度は、1940年代以降最近まで上昇し続けていたので、湧水中のフロン濃度を測定し、過去の大気におけるフロン濃度変化と比較すれば、その湧水が何時の大気と同じフロンを含んでいるかを特定できる。したがって、湧水の年齢、すなわち地下水が涵養されてから湧水として湧出するまでの時間が推定できるというわけだ。

水の出身地(涵養地域)と経歴(流動経路)の推定方法

 地下水の出口は湧水地であるから目で見て把握することができるが、入口となる涵養地域や湧水地までの流動経路はどのように調べるのだろうか。ここでもトレーサーを利用する。
 海洋から蒸発した水蒸気は雨雲となって海上から沿岸、中流域、源流域の山岳地へと、内陸へ向かって移動しながら、複数回にわたり降水をもたらす。降水の際、水を構成する酸素と水素の安定同位体の中で、相対的により重い酸素18(18O)と重水素(2H)から選択的に降水となって減少していく。
 つまり海岸近くで降った水に含まれる酸素18や重水素の割合に比較し、山岳地で降った水に含まれるそれらは相対的に低くなる。すなわち、降水の酸素18や重水素は、降った地域を示すラベルに相当するということができる。したがって、湧水中の安定同位体を測定することによって、その湧水がどの地域で降った降水によって形成されているかを推定することが可能である。すなわち、湧水の涵養地域を特定することができるというわけだ。
 さらに入口(涵養地域)と出口(湧水の位置)がわかれば、その間の地形や地質条件を考慮して地下水の流動経路を推定することができる。また推定した流動経路上のいくつかの地点で地下水を採取してトレーサーを測定することが可能ならば、より詳細な流動経路を把握することができる。
 以上のような方法で、水の出身地、経歴、年齢を把握することができるが、このような水の履歴は、湧水に含まれるミネラル成分(水質)の特性とも関係がある。一般的に、地質条件がシンプルな山岳域などでは、山頂に近いところに湧出する滞留時間の短い湧水ほど含まれるミネラル分が少なく、山麓で湧出する滞留時間の長い湧水ほど、ミネラル分が多くなる傾向を示す。すなわち、湧水や地下水も年齢が高くなるほど、中身も濃くなるということであろうか。

水の収支量と年齢から地下水の貯留量を推定する

 最後に地下水の貯留量の推定である。バケツいっぱいに水が入っている場合、バケツの中の水をすべて入れ替えるには、バケツの容積以上の水が必要となる。例えば、今、10リットルのバケツに汚れた水が入っていたとする。ここに、毎分0.5リットル流量できれいな水を入れ、その分汚れた水を流出させていくと、10リットル÷0.5リットル/分=20分で、バケツの水がきれいな水に入れ替わることになる。
 ここで求められた20分という時間は、バケツの水の「滞留時間=年齢」である。言い換えると、バケツの貯留量を、時間単位の入れ替え量で割ることによって、バケツ内の水の滞留時間を求めることができる。すると、反対に、滞留時間に入れ替え量をかけることによって、バケツの容積、すなわち貯留量を求めることができる。このような「水の収支」を考えることは、水の履歴を知る上でとても重要である。
 バケツの代わりに、山を考えてみよう。すでに述べたように、フロンなどのトレーサーを利用して、湧水や地下水の年齢を推定することが可能である。さらに、山全体の入れ替え量は、例えば、一年間に山に降水としてもたらされる量から、蒸発散によって水蒸気として大気中に戻される量を引いた値を、山における正味の水の入力、すなわち涵養量として求めることができる。すると、湧水の年齢にこの涵養量をかけることにより、山全体の地下水貯留量を推定することが可能になる。
 ちなみに、この方法で関東平野北端に位置する筑波山の地下水貯留量を推定すると、およそ4億m3と見積もられ、これは、すぐ近くにある我が国第二の湖、霞ヶ浦の水貯留量の約半分程度に相当するそうである。山に貯えられ、かつ流動している地下水の量は、意外に多いということができそうである。
 最後に辻村氏はこんなエピソードを聞かせてくれた。
 「チュニジアの地下水を調査しているとき、現地の研究者に「日本の地下水はピュアだ」(カルシウムなどの溶存成分濃度が低いという意味で)と自慢すると、「日本人はどうやってカルシウムを摂取しているか? 健康に悪いだろ」と言い返されました。水のきれいさ、おいしさ、健康といった価値観は国や地域で大きく異なるのだと実感しました」(辻村氏)
 いつまでも日本の水は日本品質で保全していきたいものだ。

(談:辻村真貴教授/まとめ:レビューマガジン社・下地孝雄)
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