竹中平蔵氏は講演の冒頭で、シンガポールのリー・クアンユー公共政策大学院 院長 キショウ・マブマニ氏の著書『The Great Convergence』(大いなる収斂(しゅうれん))を紹介した。同書では、所得水準が高い日本や米国は経済の成長率が低く、所得水準が低い中国などは成長率が高いが、いずれは収斂し、差がなくなっていくという理論が展開されている。
竹中氏は、「現在のアジアでの中間所得層は約5億人いるが、(東京オリンピックが開催される)7年後には17.5億人にまで増える可能性がある」と同書の内容を用いて説明する。今後は、中間所得層の急増を見越した戦略を立てる必要があるのだ。
アベノミクスの三本の矢について竹中氏は、「一本目の大胆な金融緩和はうまくいっている」と評価する。2006年の小泉政権では、デフレが克服できる段階に入った矢先の同年3月に日銀が量的緩和を引きしめてしまい、その結果、デフレが加速してしまった。もし、日銀が引き締めをしていなければ、デフレは既に脱却していた可能性が高いという。日銀総裁の黒田東彦氏は、2年間で通貨量を2倍にすると発言するなど、金融緩和に積極的だ。金融緩和の影響が出るまでに1〜2年ほどタイムラグがあるのが一般的だが、金融緩和自体はスムーズに進んでいる。
二本目の機動的な財政出動について、道路工事などの短期的な投資で経済に刺激を与える施策は成功している。しかし、長期的な財政再建が、東京オリンピックが開催される2020年までに完了するかは未知数だ。成功させるためには、歳出を抑えるための改革が必要となる。
第三の矢である成長戦略については、GDPが増えれば税収が増えることになり、それが経済成長につながる。企業は競争や技術革新を通じて成長していくが、そうした環境を整えるために、政府は規制改革によって民間企業に自由を与え、税負担も減らすことが求められる。財政債権を減らすためには、増税で対応するのではなく、歳出を増やさないようにすることが何より重要だ。
経済成長を促す重要な政策が、国家戦略特区の創設とインフラ運営権の民間企業への売却(コンセッション)であるという。
従来の特区制度では、自治体などが、規制緩和したい内容を政府に申請して許可を取る必要があった。一方、国家戦略特区では、特区の代表者、地方自治体の長、民間企業の代表者の3者からなる統合本部を設け、特区における規制緩和の内容を自主的に決定し、推進できる。規制緩和が特に重要視される農業や医療などにおいて、国家戦略特区の役割は大きいという。政府も、国家戦略特区の設立に向けて議論を重ねている。
コンセッションは、高速道路や空港などの所有権を国が所有したまま、運営権を民間企業に販売する取り組みであり、韓国やブラジルで積極的に行われている。欧州でも空港を民間企業が運営するケースが増えてきており、サービスの質の向上につながっているという。日本も同様の取り組みが進めば、事業参入のビジネス機会が生まれる。
2020年の東京オリンピックは、経済に好影響を与える追い風として期待できる。東京オリンピックには、スタジアムの建設やインフラ工事、観光客の購買など、3兆円以上の経済効果が見込めるとされている。「オリンピックは世界最大のコンテンツでもあり、世界の約7割が視聴する“ソフトパワー”の効果も期待できる」(竹中氏)
スタジアム建設などの“ハードパワー”だけでなく、日本自体にも注目が集まるオリンピックのソフトパワーを最大限活用するべきだ。オリンピックを通じて日本の魅力を最大限にアピールし、海外からの投資を促していきたい。