未来の情報通信インフラはどうなるのか。そのビジョンについて、情報通信総合研究所の前川純一氏は2020年の東京オリンピックを見据えた日本の将来について、次のように予想している。
「2020年の情報通信インフラそのものは、おそらく大きな変化はないでしょう。オリンピックという大会を運営するための情報通信として、最も求められるのは安定性のある技術です」
その一方で、大会を楽しむための情報通信に関しては、変化が期待できるという。
「2012年のロンドンオリンピックは、ソーシャルメディアの発達により、いわゆるソーシャルオリンピックという楽しみ方が生まれました。そして、2016年のリオデジャネイロでは、装着型の機器いわゆるウェアラブルの発達によって、ウェアラブルオリンピックというものが、期待できると思います」と予見する。
ITU World Telecommunicationのレポートによれば、グローバルでのICTの推移は、2013年の時点で、Mobile cellular telephone subscriptionsが、96.2%に達している。それに対して、Individuals using the Internetは、38.8%にとどまっている。さらに、固定電話は16.5%、固定通信回線も9.8%と低い。その中で、Active mobile broadband subscriptionsいわゆる、次世代モバイル通信は、2007年から急成長を遂げて、29.5%にまで伸びている。さらに、光コア技術のロードマップと重ね合わせると、2015年には24Tビット/秒以上の速度は確実といわれ、5Gの商用展開のスタートも現実味を帯びている。
「2020年の情報通信インフラは、モバイルを中心に発達していきます。その速度はどんどん速くなり、高速通信のできる場所が増えます」と前川氏はまとめる。
その予測は、あまりに容易すぎるものであるだけに、「これからの時代を変えるのは、情報通信インフラではなく、端末側にあるのです」と前川氏は本質を指摘する。
前川氏は、昨年ソーシャルネットを中心に爆発的にシェアされた、一枚の比較写真を示してみせる。それは、2005年と2013年に行われたローマ法王を選ぶコンクラーベで撮影された信者たちの写真になる。
比べてみると一目瞭然だが、2005年のときに集まった信者の多くは、コンパクトカメラかフューチャーフォンで選考の様子を撮影している。ところが、2013年の写真では、ほとんどの信者がスマートフォンかタブレットを構えている。このわずか8年の違いが、これから2020年までに起こる端末の大きな変化を予測するものだという。
「スマートフォンが通信端末としての役割だけではなく、他の情報機器の通信モジュールとして機能し、結果的に通信インフラが拡張したことで、情報の対象となる領域が拡大しています」と前川氏は説明する。
すでに日本の総務省でも、2009年に発表した電波新産業創出プロジェクトで、ワイヤレスブロードバンドをはじめとして、家庭やセキュリティに医療や介護、インテリジェント端末といった分野で、どのような新産業が創出されるかを検討している。
この予測の中でも、すでにロボットスーツやカプセル内視鏡にセラピー用ロボット、事故回避運転サポートなど、実用化された領域もある。また航空産業の世界でも、BOENG 787-8が一回のフライトでデバイスから収集するデータが500GBに及ぶなど、モノが大量のデータを生産している。同様に、さまざまなセンサーがすべてのモノをインテリジェント化し、個人が扱う情報の質も変化してくる。
「2020年には、10の30乗という膨大な規模の情報爆発が起きると予測されています。その未来を予測するように、米グーグル社がロボットの会社を買収するなど、海外では注目すべき動きが起こっています」と前川氏。
その一方で、センサーが働き続けるためには、何らかの電源が必要になるため、その課題を解決するための取り組みもはじまっている。たとえば、放送や携帯電話の電波を利用した電源不要のワイヤレス通信がある。
「センサーであれば、0か1、YesかNoのデータさえ取って送信できればいいので、微量な電力でも機能します。そうしたセンサーが増えれば、さらに情報爆発の速度は加速します」と前川氏は予測する。
「2000年に登場したiMacと、2010年のiPhoneを比較してみると、大きさは違いますがコンピュータとしての処理能力は、ほぼ同じです。その上、価格は1/3になっています。すでに、SDカードサイズのパソコンが開発されている現在では、2040年の情報端末は、さらに高速で小型で多様なものになっていくと予測できます。そしてそのポイントは、後ろに必ずデータセンターがあって、サービスとして成立することです」と前川氏は2040年を俯瞰する。
ICTのイノベーションには、高速化や小型化に加えて、機能の複合化やブロードバンド対応に、ユビキタスに代表される偏在化、そして低価格化など、数々の技術的なブレイクスルーがあった。そうしたイノベーションの積み重ねによって、ネットワークでつながる、より高度化したユビキタスでアンビエントな環境が生まれると考えられている。
「情報通信は、通信インフラ部分と端末部分の融合が進み、明確な境界線が引けなくなるでしょう。ユーザーサイドは、高度に発達した無線通信モジュールによって、本来の意味でのNet(網)Work(機能)を使うようになります。そして、センサーチップや通信モジュールが統合していくためには、デバイスをまたがるオープンなOSの存在が重要なカギを握っています」と前川氏は予測する。
こうしたICTの発展は、さまざまな分野での利活用が期待されているが、その中でも高齢化社会への応用は急務となっている。
「先進国において高齢化が進捗しています。高齢化は、年金や保険医療に介護などの公的支出の増大を余儀なくしています。この課題をネットワークとクラウドサービスが一体化して、介護や医療に福祉、さらには将来的な新薬の開発などに活用できれば、問題の解決につながるかもしれません」と前川氏は指摘する。
すでに、筑波大学発のつくばウェルネスリサーチ(TWR)というベンチャー企業は、参加者の体力年齢や活動量に推定摂取カロリーなどに基づいて、適切な運動を指導する取り組みを行っている。その結果、実験に参加した新潟県の見附市では、参加者一人あたりの年間総医療費が10万円以上も削減できたという。
「現在は、ヘルスケアITも医療ITも福祉ITも、別々に存在しています。それらが共通の情報解析プラットフォームに統合化され、健常時からウェアラブル端末などを通して情報を収集し、健康管理から疾病や障がいが発生したときに、原因の特定に活かされるなど、人間のライフサイクルに関わるプラットフォームが生まれるかもしれません。さらに、それらの解析結果を医療、制約、機器メーカーなどにフィードバックして、各分野での最適化により、個人や社会にかかる身体的・経済的負担を軽減することが期待できます」と前川氏はビジョンを語った。